2022年5月8日 母の日礼拝「涙の祈りと愛の力、愛の絆」 中村和司師
<Ⅱテモテ1:3-14>
3 わたしは、昼も夜も祈りの中で絶えずあなたを思い起こし、先祖に倣い清い良心をもって仕えている神に、感謝しています。4 わたしは、あなたの涙を忘れることができず、ぜひあなたに会って、喜びで満たされたいと願っています。5 そして、あなたが抱いている純真な信仰を思い起こしています。その信仰は、まずあなたの祖母ロイスと母エウニケに宿りましたが、それがあなたにも宿っていると、わたしは確信しています。6 そういうわけで、わたしが手を置いたことによってあなたに与えられている神の賜物を、再び燃えたたせるように勧めます。7 神は、おくびょうの霊ではなく、力と愛と思慮分別の霊をわたしたちにくださったのです。8 だから、わたしたちの主を証しすることも、わたしが主の囚人であることも恥じてはなりません。むしろ、神の力に支えられて、福音のためにわたしと共に苦しみを忍んでください。9 神がわたしたちを救い、聖なる招きによって呼び出してくださったのは、わたしたちの行いによるのではなく、御自身の計画と恵みによるのです。この恵みは、永遠の昔にキリスト・イエスにおいてわたしたちのために与えられ、10 今や、わたしたちの救い主キリスト・イエスの出現によって明らかにされたものです。キリストは死を滅ぼし、福音を通して不滅の命を現してくださいました。11 この福音のために、わたしは宣教者、使徒、教師に任命されました。12 そのために、わたしはこのように苦しみを受けているのですが、それを恥じていません。というのは、わたしは自分が信頼している方を知っており、わたしにゆだねられているものを、その方がかの日まで守ることがおできになると確信しているからです。13 キリスト・イエスによって与えられる信仰と愛をもって、わたしから聞いた健全な言葉を手本としなさい。14 あなたにゆだねられている良いものを、わたしたちの内に住まわれる聖霊によって守りなさい。
今日は母の日です。母の日の由来は世界で様々なのですが、アメリカのものがよく語られます。
19世紀後半~20世紀初めにかけて、アン・ジャービスという女性社会活動家がおられ、南北戦争のくすぶる中に、敵味方なく負傷兵を看護する公衆衛生の働きや、平和活動をしていたのですが、当時、男性中心の社会の背後にあって、そのような女性の働きが注目を集めていました。
そしてアンさんは、教会でも日曜学校で子供達を教えていて、アンさんが召されて二年後の1907年5月には、その教会で記念会が持たれたのです。その時、娘のアンナさんが、そのようなお母さんの愛を偲びつつ、自分だけでなく一人一人が自らのお母さんに感謝と敬意を表して欲しいと、白いカーネーションを配ったのです。その事が広く覚えられるようになり、国中に広がったと言われています。ですから、たとえ背後にあって目立たなくても、尊く偉大である母の愛というものを、一人一人が覚えて感謝し、敬意を表す日が、母の日といえます。
社会の背後に何があるかというなら、それが家庭であって、その家庭の背後、そして子ども達の背後に何があるかというなら、それこそが母の存在であり、母の愛です。ですから、その母の存在は非常に重要で、母親は家庭の要であり、善き付け悪しき付け、最も子ども達に影響を与えるのが、やはり母親であります。
「母原病」という言葉があります。母親とその関係が原因で、その子供の人格形成に、病的な障害がもたらされる事があるという事だと思います。母親の影響というものは、まさにその子どもの全人生、全領域に及ぶと言っていいのだはないかと思います。
些細な事ですが、私の母親は、食器をよくお湯だけで洗っていました。洗剤は毒だというのです。すると、私はよくお手伝いをした訳ではないのですが、今でも洗剤は毒だという意識が抜けません。またうちの子ども達は、小さい頃、新宿の事を「スンジュク」と発音していました。それは母親が面白がって、そう発音していただけですが、子ども達はそういう名前だと信じきっていた訳です。とにかく子どもというのは、母親からあらゆる情報を受け取り、何でも教えてもらい、そして助けてもらい、母親と最も多くの時間を共有し、全面的に依存する中に、成長していくのですから、その影響は絶大です。
ですから神様は、母親達にこそあらゆる恵みを注いで、より近くに伴って下さり、ご自身の愛を注いで下さっているのです。実際、神の愛に最も近いものを挙げるなら、それが母親の愛と言われています。それほどその母の背後に、神の愛というものが臨んでいるという事だと思います。
読んで頂いた所には、パウロに導かれ、パウロの善き支え手、片腕のような存在となったテモテの母親の事が記されていますが、今日はこのテモテ1書より、第一に「母の涙の祈り」、第二に「母の内なる愛の力」、第三に「母の愛の絆」という事を覚えたいと願っています。
そして第一に覚えたい事は、「母の涙の祈り」という事ですが、3節から5節にこうあります。
「わたしは、昼も夜も祈りの中で絶えずあなたを思い起こし、先祖に倣い清い良心をもって仕えている神に、感謝しています。わたしは、あなたの涙を忘れることができず、ぜひあなたに会って、喜びで満たされたいと願っています。そして、あなたが抱いている純真な信仰を思い起こしています。その信仰は、まずあなたの祖母ロイスと母エウニケに宿りましたが、それがあなたにも宿っていると、わたしは確信しています。」
テモテは、ユダヤ人の母とギリシャ人の父を持つハーフで、第二次宣教旅行の時に、パウロに見出された若者でした。しかしその信仰自体は、その母から受け継がれたものであり、その母の信仰は、その母である祖母から受け継がれたものではなかったかと思います。そしてその信仰は、非常に純真なものであり、それがテモテに受け継がれ、その純真な信仰が、テモテの涙に現されていたというのです。
その涙がどういう涙であったのか、詳しくはわかりません。それはテモテの涙の祈りであったかもしれません。涙をもって悔改めの祈りをしたのかもしれませんし、涙をもって執成しの祈りをしたのかもしれません。いずれにせよ、涙は普通、その人の心の最も深い所の現れでありますが、テモテは自分の心を注ぎ出す祈りにおいて、涙をもって祈るほど、純真な心を注ぎ出していたのでしょう。そしてその祖母や母に、純真な信仰が宿っているのを知っていたパウロは、そのテモテの涙の祈りを見て、その純真な信仰を確信したのです。
そして思わされる大事な事は、そのようなテモテの祈りは、テモテ自身が、その母エウニケ祖母ロイスに、涙をもって祈られていたからではないかと思わされるのです。信仰というものは、自動的に伝わるものではありません。まして十字架のキリストへの信仰など、ユダヤ人にはとても信じられるものではないのです。それが親子三代にまで受継がれるのは、とても自然に起こる事ではないと思われるのです。しかもテモテの父親はギリシャ人であり、テモテはユダヤ人の印である割礼は受けていませんでした。父親について詳しい事はわかりませんが、パウロは十字架はユダヤ人にはつまずきであって、ギリシャ人には愚かであると言っています。ですからそういう意味でも、テモテが主イエスへの信仰を持つ事、しかも純粋な信仰を持つという事は、決して自然な事ではなかった事と思われます。
不純なものが入り込んだ純粋でないものから、純粋なものが生まれる事はありません。純粋なものは、より純粋なものからしか、生まれ得ないのです。「祖母ロイスと母エウニケ」と、そのように名前が記されるほど、彼女達はパウロに、そして当時のクリスチャン達に知られた存在ではなかったでしょうか。男性中心の世界で、このような女性達の名前が、それも純真な信仰という事で覚えられていたという事は多くはないのではないかと思います。そして彼女達の純粋な信仰が、愛するテモテへの涙の祈りとなって現れたという事は当然考えられる事だと思います。そして彼女達は、時には共に祈り合う事もしたのではないでしょうか。そしてそのような涙の祈りが、異教世界にあって若いテモテを守り、御言葉に親しませ、そして主イエスへの純粋な信仰、涙の祈りを生み出していったのではないかと思います。純粋な涙が、純粋な涙を引きだしていきます。
ローマでキリスト教が、迫害の時代を越えて公認されて間もない頃に活躍したのが、西方教会最大の神学者と言われるアウグスティヌスです。このアウグスティヌスの母親が、モニカという敬虔なクリスチャンで、父親は異教徒でした。父親は彼の青年時代に召天しますが、その直前に受洗するのです。モニカの祈りの故かと思います。しかし一方のアウグスティヌスはその時、真理を求めつつも、マニ教という異教に染まってしまい、またある女性と長く同棲した後、乱れた女性関係に陥り、情欲に捕えられた生活をしていたのです。
そして彼が、惨めな自分の姿に自己嫌悪に陥りつつ喘いでいた時、「取りて読め、取りて読め」という子供の歌声が聞こえて来たのです。彼はハッとして聖書を取り上げたところ、ローマ13:13,14「酒宴と酩酊、淫乱と好色、争いとねたみを捨て、主イエス・キリストを身にまといなさい。欲望を満足させようとして、肉に心を用いてはなりません。」という御言葉が目に飛び込み、神様の光が心に差し込んで来る中に、主イエスを信じる事が出来たのです。そしてそれは勿論、母モニカの涙の祈りの故でありました。
後にアウグスティヌスは、母モニカの祈りをこう語っています。「私の母が祈る時、涙が川の水のように流れ落ちて、彼女がどこで私のために祈ってくれても、私の母が祈る時、彼女の膝の下の地面が濡れているほどでした」。 しかしそれでも息子の変わらない現実に、モニカは有名な司教アンブロシウスの所に相談に行きます。そしてその時、アンブロシウスが語ったのが、「安心して行きなさい。涙の子は決して滅びることはない。」という言葉であったのです。 「涙の子は滅びない」。この言葉に励まされ、母モニカは来る日も来る日も涙の祈りを続けたのです。そして召される一年前に、アウグスティヌスが、そのアンブロシウスから受洗するのです。その時母モニカは、「私がこの世に少しでも生き永らえたいと思った望みは、一つだけでした。それは死ぬ前に、クリスチャンになったあなたを見ることでした」と言って本当に喜んだと言われています。
母親が愛する我が子の涙に、我を忘れるように、無力な小さい者の涙の祈りに、神様もまた、居ても立っても居られない思いで真実に答えて下さるのです。
第二の事は、「母の内なる愛の力」という事ですが、パウロはテモテの事を、1:2では「愛する子」と呼んでいたり、第一の手紙1:2では、「信仰によるまことの子テモテ」と呼んでいます。つまりパウロもまた、テモテの霊的な親の一人であったと言えるのです。
そのパウロが6節7節でこう言っています。「そういうわけで、わたしが手を置いたことによってあなたに与えられている神の賜物を、再び燃えたたせるように勧めます。神は、おくびょうの霊ではなく、力と愛と思慮分別の霊をわたしたちにくださったのです」。
「手を置く」という事は、按手の祈りをしたという事で、パウロの内にあった聖霊が、テモテにも分け与えられますようにとの祈りを捧げたという事です。そしてその霊というのは、まず「臆病の霊」ではないというのです。
実はテモテについて、Ⅰテモテ5:23には、「これからは水ばかり飲まないで、胃のために、また、度々起こる病気のために、ぶどう酒を少し用いなさい。」という記述があります。どうもテモテは胃弱というか、胃潰瘍を患っていたのか、持病があったようで、要するに神経質で気弱な所があったのではないかと思われるのです。8節などを見ても、主イエスを証しする事への恐れや、自らの師匠が投獄されている事を恥じるような所があったのかもしれません。
そしてそういうテモテに対してパウロは、テモテの内なる霊が、再び燃え立たせられるよう励ましたのです。魂の親の一人であったパウロは、テモテに何が必要であるかをよく分かっていました。たとえどんなに気が弱くても、困難な時代であったとしても、主に仕えていくために必要なものこそ、そのような「力と愛と思慮分別の霊」という内なる霊以外、何ものでもなかったのです。その人を本当に生かし、その人を導き、その人を創り上げるものは、ただその人の内側にある霊であります。
そして、力と愛と思慮分別と、三つの事が言われていますが、要するにそれは愛の霊であって、同時にそれは愛という最大の力の霊であり、また思慮・分別の霊でもあると、愛の側面が語られているのだと思います。ガラテヤ5:22,23には、「霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です」と記されていますが、これは御霊の実が幾つもあるというより、愛という一つの実の様々な側面が言われているのと同じかもしれません。
弱い者を強くし、生かし、用いていくのは、神からの愛の霊であって、それこそ世の如何なる力も及ばない、驚くべき働きをする力であります。そして自己中心な欲深い心は、物事を正しく見る事が出来ないのですが、愛の心は、深い洞察力をもって、相手をも自分をも正しく見る事が出来る思慮分別の心であるのです。
テモテは、牧会の働きをしていたと思われますが、教会の働き、そして家庭での母親の働きに必要なものこそ、この内なる愛の力であります。それは人の内なる必要に応え、内なる傷を癒し、また内なる心を満たし、そして一つにしていく働きであります。
ニューヨークのハーレムに、ある貧しい家庭があったのですが、父親が死んでしまい、残された家族に昔の額で三千万近い保険金が舞い込んできたそうです。家族は悲しみに暮れるよりも、生まれて初めて手にする大金に、それぞれ自分の夢を描き出します。
母親はそのお金で、小さくても新しい一軒の家を郊外に持ちたいと夢を描き、一家の期待の星であった勉強のできる長女は、目指している医学校への道がこれで開けたと喜びます。そしてその弟は、これを元手に仲間と商売をしたいと言い出し、必ず成功させて、このお金を何倍にもして、皆を楽にさせてやりたいと熱弁をふるいだすのです。そして母親は、心配しながらも、いつも後回しで我慢ばかりさせてきた弟にチャンスをやろうと、息子に同意するのです。
ところが、心配が的中して、息子の仲間達は、その大金を持って姿をくらましてしまうのです。息子は、憔悴しきって家に帰り、家族に泣く泣く報告します。いきり立って、ありったけの罵詈雑言で怒鳴り散らしたのはお姉さんでした。怒りに我を忘れて弟をののしり続けたのです。母親が、それを聞きながら静かに、「母さんはお前に、弟を大切にしろと教えてこなかったかい」と諭すと、「大事にしろって、この人にそんな値打ち残ってないわ」と、涙声で掃き捨てるように言います。
しかし母親は更に優しくこう言ったそうです。「どんな時にも、何か残っているんだよ。それが分からないお前は、まだ何もわかっていないんだ。お前の涙は誰のためだい?自分のためかい?それとも、また元の文無しになった家族のためかい?仲間に裏切られて、大事な金をそっくり持ち逃げされて、家族に詫びる力も残っていない弟が哀れじゃないのかい。いいかい。誰かを一番愛さなきゃならないのは、その子がお前にいい事をしてくれた時じゃない。そうじゃないよ。その子が最低の時、惨めに世の中から捨てられて、自分で自分に愛想を尽かしている時なんだ。お前の弟が、どんなに辛い思いをしてきたか、分かっておやり」。
これは『百万人の福音』という雑誌に、昔載せられていた実話であります。何があっても、家族が一つでおれるのは、この家族の痛みを誰より知っている母の愛の故であります。
第三の事は、「母の愛の絆」ということですが、パウロは自分の試練を越えさせた力として、12節でこのような事を言っています。
「そのために、わたしはこのように苦しみを受けているのですが、それを恥じていません。というのは、わたしは自分が信頼している方を知っており、わたしにゆだねられているものを、その方がかの日まで守ることがおできになると確信しているからです」。
パウロが受けた試練は、尋常なものではありませんでした。何でこんな事にと、恥じて当然でした。しかしパウロは、「わたしは自分が信頼している方を知っており」と言うのです。それは、理屈を越えて、見える現実をよりも、何よりも自分の心に影響を与え、深く結び付いているものがあるのだというのです。そしてそれが、信頼している方を知っている、という心の絆であったのです。これは単なる知識ではありません。自分の心が体験し、肌で知って、自分の心に刻まれているところの揺るぎない確信でありました。何を見なくても、どんなに情況が真逆であったとしても揺らがない、つまり神によって魂に刻まれたところの確信であったのです。パウロはそれ故にこそ、一切を委ねる事が出来たのですが、そのような信頼の絆こそが、家族の絆であり、母親を支えるものでもあるのです。
子供は母親を疑いません。子供は自分が信頼する母親を知っているのです。どんな時も一緒にいて、寄り添い守ってくれる、自分を愛して大切にしてくれる、それが母親である事を子供は、経験的に、本能的に、つまり神様によってそういう心が与えられているのです。そして母親もまた、そういう我が子こそ、自らの一部であるかのように、愛して止まない、かけがえのない存在であることを、理屈を越えて知っているのです。神様がそういう愛の絆を、母と子に与えて下さっているのです。
この絆こそが重要です。子供が頑張って、努力して母親に結び付くのではないのです。母親が自分の意思の力で、我が子を愛するのではないのです。それはそのような愛の絆の故に、母と子は結び付けられているのであって、人間の力ではないのです。
そして同じように、私達と主イエスが結び付けられているのもそれは、人間の力によるのではありません。主が十字架と復活によって私達を贖い取って下さった、その愛の絆によって私達と主は結ばれているのです。ですから、人間の弱さや状況で揺らぐようなものではないのです。
世の激しい荒波の中で、確かに私達の心は揺らぐ事があります。神様の愛が分からなくなる事さえあるかもしれません。しかし、神様を仰いで叫び祈る時、私達の心が叫ぶのです。「神様はそのような方だろうか。私の知っている神様は、そのような理解のない、冷たい、不真実な方だろうか。否そんな事は断じてない。私の知っている神様はそのような方では決してない。もし神様の御愛と真実が嘘であるなら、今の私はなかったし、生きて来れなかった。もし神様が愛でないなら、この天地も崩れ去っているに違いない」。私自身は何度か、そう思わされた事がありました。私達は、最早何があっても、何によっても引き離され得ない、そのような愛の絆にしっかり抱かれている事を覚えて、感謝したいと思います。
これは昔、新聞に載っていた記事ですが、あるお母さんがちょっとした事で自分の感情を抑えきれなくなってしまい、別に虐待などするつもりはないのですが、つい我が子を打ち叩き続けてしまったそうです。
その子は、恐れ怯えて泣き叫びます。しかし打ち叩かれ、泣きじゃくりながらも、その子が叫んだそうです。「で、でも僕は、ママが、ママが大好きだよ」。
その言葉を聞いた瞬間、自分でもどうしようもなかったそのお母さんの心が、不思議に収まり落ち着いていったのです。子供が何かをしたのではありません。母と子の愛の絆自体が、この子供に叫ばせ、そしてこのお母さんの荒れた心を癒していったのです。
そしてパウロは、この愛の絆、主イエスとの繋がりの故にこそ、たとえ獄中にあって、殉教を前にしていたとしても、主の御守りと、そして自らに委ねられた使命を、尚も全う出来ると確信していたのです。パウロは、この主イエスとの愛の絆について、Ⅱコリント5:14の新しい聖書協会共同訳では、
「事実、キリストの愛が私たちを捕らえて離さないのです。」と言っています。更にローマ8:35以下では、
最早「どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。」と、この主イエスにある愛の絆こそ、何があっても引き離される事のない、最も大いなるものであると宣言しているのです。
私達は、母の涙の祈りに感謝し、たとえそのような母がいなかったとしても、主イエスが私達のために、涙の祈りを捧げ続けて下さっている事を感謝しましょう。そして、家族を一つにしていく母親の内なる愛の力、神の家族を一つにしていく、御霊の愛の力に感謝しましょう。そして更に、変わらない親子の愛の絆に感謝しつつ、何より、いかなる中にも揺るぎ得ない、この世界で最も大いなる主イエスとの愛の絆に抱かれていることを感謝して、この愛の絆への全き信頼の中に、生かされて参りましょう。