11 イエスはエルサレムへ上る途中、サマリアとガリラヤの間を通られた。12 ある村に入ると、重い皮膚病を患っている十人の人が出迎え、遠くの方に立ち止まったまま、13 声を張り上げて、「イエスさま、先生、どうか、わたしたちを憐れんでください」と言った。14 イエスは重い皮膚病を患っている人たちを見て、「祭司たちのところに行って、体を見せなさい」と言われた。彼らは、そこへ行く途中で清くされた。15 その中の一人は、自分がいやされたのを知って、大声で神を賛美しながら戻って来た。16 そして、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。この人はサマリア人だった。17 そこで、イエスは言われた。「清くされたのは十人ではなかったか。ほかの九人はどこにいるのか。18 この外国人のほかに、神を賛美するために戻って来た者はいないのか。」19 それから、イエスはその人に言われた。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」。
今日は年度の最後の聖日で、来週からは新年度になり、そしてイースターに向っていきます。様々な変化の時でもありますが、しかしウクライナを初め、情況が好転するどころか、益々困難な中に陥っている方々もおられるかもしれません。また、先へ進みたくても進めない、いつまでたっても変わらない現実の中に置かれている方々もあるでしょう。そういう意味では、何か取り残されているというか、忘れられていると感じている方々もいるかもしれません。今日は先程の所から、第一に「取り残された人達」、第二に「御言葉に触れる人達」、そして第三には「恵みと感謝に生きる人達」という事に心を向けたいと思います。
まず第一に「取り残された人達」という事ですが、ここに登場する「重い皮膚病の人達」というのは、当時は単なる皮膚の病というよりも、宗教上の汚れとして、祭司が病を判定していたような病でした。そして体が蝕まれていく事と共に、それ以上に社会から追放され、神から呪われた者とされるという事の故に、最も恐れられていた病でありました。
ですから、この人達がいた「ある村」とは、そのような人達が捨てられた村であり、社会からは全く取り残された世界であったのです。普通の人は近づきませんし、重い皮膚病の人達が、そこを出て普通の人に近づく事も、許されていなかったと思います。そこはサマリアとガリラヤの間とありますが、ユダヤ人はサマリア人を大変蔑視して、両者は互いに反目しておりましたので、元々そこはユダヤ人もサマリア人も、余り近づかない所であったかと思います。しかし主イエスは、そこを通られ、その誰も近づかない村にも入っていかれたのです。そういう取り残された所こそ、主イエスが心を向けておられた所でありました。
すると重い皮膚病の10人の人達に出会うのです。出会うと言っても、イエス様を見るなり、彼らは遠くの方に立ち止まったままでそれ以上近づかず、ただ憐れんで下さいと、声を張り上げてきたと言うのです。12、13節にはこうあります。「ある村に入ると、重い皮膚病を患っている十人の人が出迎え、遠くの方に立ち止まったまま、声を張り上げて、『イエスさま、先生、どうか、わたしたちを憐れんでください』と言った」。
その重い皮膚病の人は、一般の人には近づいてはいけない訳で、風上にいるなら約50mも離れなければならないという規定まであったようです。しかしそれでも、ある重い皮膚病の人は、大胆にも自分の方から主イエスに近づきひれ伏して、「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言って、主に癒されたという出来事が他の所に記されています(マルコ1:40-42)。
恐らくそのような噂を、この10人も少しは知っていたのでしょう。だから主イエスに叫んだのです。しかし彼らにはそれ以上、主イエスに近づくほどの信仰は持っていなかったのです。そして主イエスご自身は近づくおつもりだったでしょうが、彼ら自身は遠くに留まったまま、「先生、どうか、わたしたちを憐れんでください」と声を張り上げるのが精一杯であったのです。
この人達はまさに、自分ではどうにも出来ない、一歩も前に進めない「取り残された人達」でありました。そしてそのような、前に進みたくても進めず、遠くの方に立ち止まったまま、心の声を張り上げるしか出来ないような人達が結構おられるのではないでしょうか。そういう人達は、周りを見れば見るほど取り残されているように感じて、焦るばかりで、いよいよ何も出来なくなってしまうのではないでしょうか。聖書を読んだり、教会で話を聞いても、何か自分の現実とかけ離れているようで、自分もそうなりたいし、変わりたいけど、しかし中々前へは進めない、と感じておられる方々もあるでしょう。人を見たり、自分の現実を見たりしても、それは焦りはもたらしても、何かを変えていく事は出来ません。また人の言葉や自分の思いも当てにならないのです。
私達が目を向け、心を留めなければならないのは、ただ主イエスであり、その御言葉であります。主イエスこそ、当時世からは見捨てられ、自らは何も成し得ない、最も取り残されたこの人達の所に、来て下さって、そういう人達にこそ心を向けて下さった方でありました。14節に「イエスは重い皮膚病を患っている人たちを見て」とありますが、主イエスはその前から、彼らの事を全てご存知であったのです。近づきたくても近づけない、前へ進みたくても進めない彼らの現実、その心もよくご存知でありました。そしてこの時主イエスが、無理にそれ以上彼らに近づいて行っても、彼らの方が恐れて身を引いてしまうかもしれない弱さが、彼らにある事もご存知であったのです。
彼らは「憐れんで下さい」と叫びましたが、そういう彼らに主イエスは、憐みと慈しみで胸が一杯でありました。主は彼らを導きたかったのです。彼らに必要なのは、ただ主イエスへの信頼だけでありました。ですから、「あなたたちを癒さないはずはないではないか。だから私に信頼して一歩踏み出してご覧。祭司に体を見せて、社会復帰を果たしなさい」と主は、その離れた所から、彼らにチャレンジを与えようとされたのかもしれません。主は14節で、「祭司たちのところに行って、体を見せなさい」という唐突とも思える御声をかけられたのです。
主は、それ以上ご自身に近づけない彼らの弱さをご存知で、ご自身の言葉を通して、ご自身に寄り頼み、ご自身に結び付くよう招かれたのです。私達が寄り頼むべきは、主の御言葉であります。「あなたの御言葉は、わたしの道の光/わたしの歩みを照らす灯。」(詩119:105)とあります。そして「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。」(Ⅰコリント1:18)とあります。御言葉を通して、主は御力を現わされるのです。
第二に心を留めたいのは、「主の御言葉に触れる人達」であります。彼ら10人は、思いもよらぬ主の言葉に戸惑ったかもしれません。耳を疑い。混乱し、真意をいぶかったかもしれません。しかし彼らには、元々何の希望もなかったのです。そして彼らは一人では生きて行く力も気力もなかったので、10人で寄り添っていたのです。その内の一人はユダヤ人が蔑視していたサマリヤ人で、彼らが健常者であれば、決して一緒にはならなかった存在でした。しかし弱さが彼らを一つにし、今や彼らは10人で一つの共同体になっていたのです。それは弱さがもたらした恵みでありました。
もし彼らが一人であったなら、主の言葉に身を任せる事は出来なかったかもしれません。しかし、彼らは10人で、主の言葉を聞いたのです。彼らは一人の時より、不安や恐れなく、御言葉に心を開く事が出来たでしょう。そして10人の中には、慎重派や行動派や色んな性格の人がいたでしょう。その内一人でも単純に主の言葉に応じて一歩踏み出せたなら、皆もそれに励まされて踏み出す事が出来たのです。主の言葉を、皆で聞くという事には、そのような恵みもあります。一人一人が御言葉に応答する必要があるのですが、共に聞く時に励まし合う事が出来ます。主の御前で、皆が招かれているので、「出る杭は打たれる」というように、遠慮する必要もないのです。
ですから彼らは、まさに10人揃って、主の言葉に任せて踏み出していく事が出来たのです。そしてそのようにして、主の御言葉に身を任せていった時、主の御力も彼らの気付かない中に働いて、その重い皮膚病は癒されていっていたのです。「彼らは、そこへ行く途中で清くされた。」とあります。「行く途中で」とありますが、10人で主イエスへ応答していったので、一人一人の心が主イエスに結び付くに、少し時間を要したのかもしれません。しかし一人一人が、これからの事を考え、主の言葉を自分の事として受け止めていった時に、神様の御業が成されていったのです。
しかし、問題はその後でありました。彼らの心が、これから向かう祭司や人に向けられ始めた時、彼らは次第に不安や、恐れに捕われ出したのではないかと思います。「このまま祭司の所に行って大丈夫か。本当に良くなっているのか。そもそも祭司に何と言えばよいだろう。噂のイエス様に言われて来たのだと言えばいいのか。」と色々考えだしたでしょう。元々彼らは、祭司達を恐れていたと思いますし、一度不安になり出すと、心配事で頭が一杯になってきたのではないかと思います。実際、誰が一番に最初に祭司様の所にいくか。顔を見合ったのではないでしょうか。彼らは、そんな心配事で頭が一杯になる中で、もしかすると隠していた自分の体を確認する事が後回しになってしまったのではないでしょうか。
しかしそれでもその内、気付いたでしょう。患部が消えているのです。びっくりしたでしょう。歓喜したでしょう。家に帰れる。家族に会える。色んな事が頭に上りながら、その内祭司の事を思い出し、「早く祭司様に見て貰い、清めの儀式をして貰わないといけない」と思ったでしょう。ところが、この清めの儀式をする祭司は、どこにでもいる訳でないのです。やはりエルサレムまで上る必要があったのではないかと思います。しかも儀式だけで1週間以上かかるのです。いけにえも用意しなければなりませんでした。大変なんです。それでも早く解放されたい。早くしたい、でも皆で行ったなら、これは順番待ちになるに違いない。今度はそんな事で頭一杯になると、いつしか互いが競争相手になって、先を争うようになっていたんではないでしょうか。
もうそうなると、イエス様の事は、頭では確かにイエス様のお陰とわかっていても。最早、心では二の次になったのではないかと思います。要するに彼らは、主イエスの御言葉に委ねて一歩踏み出しながら、いつしか自分ばかり見るようになり、自分に捉われ、自分に寄り頼み、自分がどう頑張ればいいのか、結局その心は自分の事で一杯になったのではないでしょうか。癒されて、主の御言葉の力に与りながら、自分に捉われ、尚も自分の力で必死に頑張っているなら、結局、主ご自身に結び付いたとは言えません。乗物に乗りながらも、尚も自分で荷物を必死で背負い続けているなら、乗っている恵みが分からないのと同じです。
一方10人の内、一人はサマリア人でありました。サマリア人もモーセの律法を守っていましたから、同じように隔離され、その境遇は同じだったと思います。否、ユダヤ人から蔑視されていた分、もっと情況は酷かったでしょう。同じ重い皮膚病であっても、ユダヤ人から見ればサマリア人は元々呪われた存在ですから、二重に呪われていると思われたでしょう。
そしてサマリア人を一番嫌っていたのが、ユダヤ人の律法学者達で、主イエスもユダヤ人の教師、預言者と見られていたのです。サマリア人の彼は、自分も相手にして貰えるか不安であったでしょう。彼は自分自身が、その10人の中では、おまけのような、無きに等しい者だと感じていたのではないかと思います。ですから自分も、他の9人について一歩踏み出しましたが、しかしおまけのような自分の事も、イエス様は数に入れて下さっているのだろうか。彼は祭司の事より、まずイエス様の事が気になったのではないかと思います。実際、彼はユダヤ人の祭司には元々見て貰えないのです。行くとすればサマリアの祭司なのですが、それでいいのだろうか。あのイエスという方はどういう方なのだろう。恐らく彼は、9人とは別行動になりながら、祭司や人の事ではなく、御言葉を語られたイエス様の事を考えていたのではないでしょうか。
そして、イエス様はなぜあんな事を言われたのだろう、などと考えている内に、患部が消えているのに気付くのです。誰より驚いたでしょう。「まさかこんな事が、イエス様は何と、こんなおまけのような私をも顧みて下さったんだ、あの方こそ、メシアではないか」。このサマリア人は、何か心が震えるような感動と共に喜びが湧き上がり、主イエスへの熱い思いがこみ上げてきたのでないかと思います。
彼は、主の言葉を通して主ご自身に結ばれた人でありました。しかし他の9人は、同じ御言葉と御業を頂きながら、何とその歩みが違ったのでしょう。何がその違いを齎したのでしょう。それは結局、主の言葉を用いて、自分というものに走るか、それとも主ご自身に心を向けるか、要するに御言葉に対して、自分をどこに置くかという事ではないかと思うのです。9人は、「行って祭司に見せなさい」という御言葉に触れた時、最終的に主イエスより人や自分、自分の業に心が向いてしまったのです。結局、御言葉より自分自身が上なのです。そしてそれは、当時の律法学者やファリサイ派の人達が、主の言葉を聞きながらも、結局自分を主の言葉より上に置いて、批判ばかりしていたので、主イエスを信じられなかった事に似ています。
一方サマリア人は、主イエスの前で、自分自身には何も頼れませんでした。自分の無力さ、小ささ、虚しさを覚えつつ、御言葉に触れたのです。そしてそれは、当時の見下げられた人達、罪びとと言われる人達の多くが、主イエスを信じ得た事とよく似ていたのではないかと思うのです。
イザヤ66:2にこうあります。「わたしが顧みるのは/苦しむ人、霊の砕かれた人/わたしの言葉におののく人」。主の御前に遜って、その御言葉の下に自らを置く事です。主の御言葉をそのまま素直に受け止め、自分を中心に置いて囚われるのではなく、御言葉を語られた主ご自身に、自分をお委ねする事です。御言葉を自分のために利用するにではなく、御言葉を通して、主ご自身に導かれる事です。
そして第三に心を向けたいのは、「恵みと感謝に生きる人達」であります。このサマリア人が、そのように御言葉を通して、主の御愛と恵みというものに触れた時、15~16節にありますが、「自分がいやされたのを知って、大声で神を賛美しながら戻って来た。そして、イエスの足もとにひれ伏して感謝した」、とあるのです。
この人は、声の限り神様を讃美し始めたのです。これは、最初主に叫んだ13節の「声を張り上げ」より、はるかに大きな声でという事です。「この方こそ、サマリア人も長い間待ち望んでいた救い主に違いない。こんなおまけのような一番つまらない自分をも神様は顧みて下さった」。この人はそう思って、神様の事で頭が一杯になったのです。この15節の「賛美しながら」というのは、原文では「栄光を帰す」という言葉ですが、この人はいよいよ神を喜び、讃え、誇り、全面的に神に寄り頼んで、神に栄光を帰していったのです。
そして16節で「イエスの足もとにひれ伏して感謝した」とありますが、これも本当に足元の地面に顔をつけて感謝したという言葉です。彼は、自らが無に等しい者である事を覚えつつ、その破格の恵みに、御前に身を投げ出すような思いでひれ伏したのではないでしょうか。今の彼にとっては、自分の事などは最早、二の次であったのです。
ですから結局、彼は自分の清めの儀式も後回しにして戻って来たのです。それも一番帰りたくないこの村に戻って来たのです。何故でしょう。この人は最早、本当に神を愛する者になったのです。この人にとっては、神に感謝を表し、神に栄光を帰す事こそが、最も心を満たす喜びなのです。
そして主イエスは、それを喜ばれたのです。そして主は言われたのです。17,18節「清くされたのは十人ではなかったか。ほかの九人はどこにいるのか。この外国人のほかに、神を賛美するために戻って来た者はいないのか」。この「神を賛美するため」と訳されている言葉も、実際は「神に栄光を帰すため」という言葉です。主イエスが捜されたのは、単に癒された人達ではありません。神を賛美するため、神に栄光を帰すために、この所に、つまり彼らの原点に戻ってくる人達を捜されたのです。そして主イエスは、「清くされたのは十人ではなかったか。ほかの九人はどこにいるのか」と言われています。主は10人全員が癒された事をよくご存知であるのです。主は何もかもご存知でありました。ユダヤ人達が自分に囚われて、戻ってこないかもしれない事もご存知であったかと思います。しかし、それだからこそあえて、それでいいのかと、主は訴えておられるのではないでしょうか。
この9人は、かつてはここにいたのです。生ける屍のように、何の希望も、喜びもない、無価値な自らであったのです。にもかかわらず、なぜ尚も自分の事を追い求めるのか、という事です。祭司の所に行ってよいのです。しかし元々清めのためには時間がかかるのです。何故、まず感謝に来なかったのか。何故まず神に栄光を帰そうとしないで、自分の栄光を追い求めるのに終始するのか、という事が問われているのです。
主は今も私達に言われていないでしょうか。「神を賛美するために戻って来た者はいないのか」。つまり、神に栄光を帰すために、遜って原点に立ち返り、主に感謝して、自分の何かではなしに、主の恵みに生きようとする者はいないか、と言われているのです。
イザヤ51:1,2にこうあります。「あなたたちが切り出されてきた元の岩、掘り出された岩穴に目を注げ」。私達は、自分がどんな所から救われたのか、もし主イエスに出会っていなければ、自分はどうなっていたのか。私達は、主の恵みを決して忘れてはならないのです。そのためにこそ、日々自分の力ではなく、主の恵みに生かされていく必要があるのです。そして主の恵みこそが、私達を根底から新しくしていくのです。
主イエスは最後の19節でこう言われています。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った」。「あなたの信仰、そのように私の恵みに寄り頼むあなたの信仰が、単なる癒しではなく、あなたの魂、人生を救ったのだよ」と主イエスは言われたのです。癒されたのは10人でしたが、この救いに与ったのは、たった一人であったのです。しかし主は、「ほかの9人はどこにいるのか」と、その9人も恵みに立ち帰るよう招いておられるのです。
パウロは、熱心に神に仕えていましたが、自分の力に寄り頼んでいた時には、彼はキリスト者達を迫害し、御心の真逆に進んでいたのです。しかしパウロが、復活のキリストにお会いして、主の恵みに生かされるようになった時には、このように言っているんです。
「神の恵みによって今日のわたしがあるのです。そして、わたしに与えられた神の恵みは無駄にならず、わたしは他のすべての使徒よりずっと多く働きました。しかし、働いたのは、実はわたしではなく、わたしと共にある神の恵みなのです」。
Ⅰコリント15:10ですが、恵みに生かされる方が、より豊かに働く事が出来たというのです。
年度末を迎えましたが、今一度、主の恵みを覚えつつ、主の御許に立ち帰り、主に感謝し、主を賛美し、主を喜びつつ、新しく遣わされる者であらせて頂きましょう。